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マルコによる福音書連続講解説教

2021.10.31.降誕前第8主日礼拝説教

聖書:マルコによる福音書6章14-29節『 洗礼者ヨハネ 』

菅原 力牧師

 ヘロデ王という人がいました。正確には王様ではありませんでした。ガリラヤ地方の領主であり、のちに彼は王になろうとして失脚しますが、ここでは聖書の記述に従い彼を王と呼びます。ヘロデはイエス・キリストにお生まれになったときに幼児虐殺をしたヘロデ大王の息子でした。彼は主イエスと面識はありませんでしたが、その噂はいろいろ耳にしていました。その噂は日に日に広がり、中にはヘロデを悩ませる噂もありました。それはイエスのことを「洗礼者ヨハネが死者の中から生き返ったのだ。」という噂でした。たとえ噂とはいえ、その言葉はヘロデを震撼させました。なぜならヘロデは他ならぬ洗礼者ヨハネを殺した張本人だったからです。

 洗礼者ヨハネのことはこれまでもお話ししてきましたが、当時のユダヤ社会にあって抜きんでてすぐれた宗教者でした。彼は誰よりも神の前での人間の深い罪を自覚し、荒野で禁欲的な生活をしながら、人々に罪の自覚と悔い改めを迫り、洗礼を授けていました。その彼の生き方、語るところ、なすこと、それは多くの人々の心深く響くものがあり、彼のもとにはたくさんの人々が集まった来たのです。ヘロデ王が兄弟の妻と結婚したとき、そのことを公然と批判し、それは間違っている、とヨハネはヘロデに公然と語ったのです。

 ヘロデの妻へロディアは洗礼者ヨハネを許せない人物だと思いました。憎んでいました。殺すべきだと思っていました。しかしそれはできませんでした。「なぜなら、ヘロデが、ヨハネは正しい聖なる人であることを知って、彼を恐れ、保護し、またその教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお、喜んで耳を傾けていたからである。」というのです。しかし一方ヘロデはヨハネを逮捕していました。確かにヘロデは、ヨハネの教えを大事な言葉として受けとめようとしていた。だがヘロデはヨハネを拘束している。そこにヘロデという人間の葛藤があり、弱さがありました。

 ヘロデの誕生日の祝宴の席での出来事。多くの有力者が招かれる中、妻へロディアの娘が入ってきて、踊りを踊ったのです。ヘロデは大いに喜び、酔いも回っていたのでしょう。褒美にほしいものを言いなさい、何でもやろうと言い出したのです。娘は母親に相談しました。すると母親はなんと「洗礼者ヨハネの首を」と娘に言い渡したのです。殺したくても殺せなかったヨハネをこの時とばかり、持ち出してきたのです。娘は皆の前で王に向って「今すぐに洗礼者ヨハネの首を盆に載せて、いただきとうございます」と言い出したのです。ヘロデは客人の手前娘の願いを退けることもできず、衛兵を遣わして、すでに牢に入れられていた洗礼者ヨハネの首をはね、盆にのせて持ってきた、という事件です。なんとも言えぬえげつない、暴虐な事件です。一座の座興のようにして幼い娘の言った言葉に乗せられ、こともあろうに洗礼者ヨハネを殺し、その首を盆にのせて人々の前に供したというのですから。

 ここを読んで、怒りと疑問を覚える人も少なくないでしょう。神の前に自ら真摯に立ち、罪を自覚し、神に立ち返るべく悔い改めの呼びかけをしたヨハネを、残虐に殺したヘロデ、へロディアに対する怒り。そしてもう一方で、神に対する疑問。神はなぜヨハネをこのヘロデ、へロディアという暴虐の徒から救い出してくださらないのか、この世に正義はないのか、このヘロデに神の怒りはくだらないのか。次々に疑問がわいてくる人もいるでしょう。

 そもそもこのヘロデという男はなんという男か。ヨハネのことを聖なる正しい人と認めていたのではないのか。その教えに当惑を覚えながらであっても、喜んで耳を傾けていたのではないか。それなのに、洗礼者ヨハネを殺し見世物にするは。その理由は敢えて一言で言えば、ヘロデの面子ですよ。客人の手前、一度広げた自分の風呂敷を仕舞うに仕舞うことができず、殺してしまった、自分の面子のためです。なんという貧しさ。しかもそれを誰も正すことも咎めることもしない。それは彼が王であり、権力者だからです。

 ヨハネの声に聞こうとする気持ちがあったにもかかわらず、自分の地位だとか王としての体面だとかから自由になれなかったヘロデ。神の前で一人の人間として聞き、考え、生きようとしなかったヘロデ。しかしそれはわたしたちにも共通する課題なのです。神のみ前で一人の人間となる、素の自分になる、それは例えば、自分は大したことない人間だから、とか、大して勉強もしてないから、どうせわかりっこない、ということも自分の殻であり、神の前に一個の巣の自分として立とうとしない、ということなのです。その殻から出ないということなのです。自分の観念という殻もあります。一人の人間として神の前に立つ、ヘロデはそのことが難しかった。

 しかしわたしは、そのことをこう考えています。初めから神の前に一人の人間として、素の自分になって立てる人がいるのではない。初めはみんなさまざまな鎧や殻や、観念や、自分の思い込みや、自分の勝手なイメージをもって神の前にいるのです。しかし神のことばに聞き続けていく中で、少しずつ自分の鎧や殻や、観念や思い込みが砕かれていくのです。

 ヘロデが面子や体面に囚われてヨハネを死に追いやったその姿を見つめていると、ピラトが主イエスに対して、自分自身はその罪が見出しえなかったにもかかわらず、群衆が十字架につけろと叫び続けたので、群衆を満足させるために主イエスを十字架刑へと引き渡したことと重なってきます。

 

 ヨハネによる福音書はその冒頭で洗礼者ヨハネのことをこう記しています。「神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。彼は証しをするために来た。またすべての人が彼によって信じるようになるためである。彼は光ではなく、光について証しをするために来た。」神から遣わされた、というのはヨハネが神から託された自分の使命、自分の役割を生きた人だったということです。そしてそれは救い主、イエス・キリストを証しする、指差す、という使命だったのです。ヨハネはこう語っていた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしはかがんでその方の履物の紐を解く値打ちもない。」彼は自分の周りに多くの人が群がり、支持され、人々が彼に何者かであることを期待したときに、ただの一人の人間にすぎないこと、それをごく当たり前に言えた稀有な人だったのです。それは洗礼者ヨハネが神の前に一人の人間として立っていたからにほかならず、素の自分を神の前で受けとめていたからに他ならない。おごらず高ぶらず、卑屈にも、妙に謙遜ぶりもせず、素の自分を神の前で受けとめえた。これはほとんど奇跡的なことと言っていい。

 その彼が受けとめていた自分の使命、役割はイエス・キリストを証しし指差すということ、この方こそ真の救い主であることを指し示すことだった。

 ヨハネは無残な死を遂げた。残忍な死。しかしだからと言ってそれはただ単に不幸な死と言えるかどうかは全く別問題であろう。ヨハネの死はイエス・キリストの十字架の死を遥かに指さすものとなった。ヨハネはその生と死において、イエス・キリストを指し示すものとなった。

 そうであるのなら、わたしたちはこの出来事をイエス・キリストの十字架の光の中で受け取るよう導かれていること思わないわけにはいかない。ある人から見れば、ただ単に権力者によって弄ばれた残忍な死と見えようが、その死はいイエス・キリストの十字架によって担われ、背負われた死であり、キリストによって受け止められ、復活の主のいのちの中におかれた死と言えるのです。ヨハネはキリストの十字架も復活も知らずに死んでいった人です。しかし彼はキリストにおいてすべての救いがあることを望み見た人であり、キリストの救いの中に自分があることを受けとめた人でした。

 ヨハネ福音書にはヨハネが語った言葉がこう記されています。「花嫁を迎えるのは花婿だ。花婿の介添え人はそばに立って耳を傾け、花婿の声が聞こえると大いに喜ぶ。だからわたしは喜びで満たされている。」ここでヨハネは花婿をイエス・キリストにたとえ、自分はその介添え人としている。花婿がやってきたら、自分の役割は終わり、喜びに満たされて退場していく、と語っている。ヨハネは続けてこう語る。「あの方は栄え、わたしは衰えねばならない。」なんという言葉を語る人なのか、ヨハネは、と思う。しかし彼は語るべき言葉を語って、指し示すべきものを指し示して、その役割を終えたのである。洗礼者ヨハネは十字架の光を証しし、その光に照らしだされて、神の御手の内にあるのです。